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【1Q84:村上春樹】またこのパターンかよ

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1Q84、皆さん読まれましたか?わたくしは発売日からずっと探し回って「下巻ならあります」と5回位言われました。「村上春樹の新刊ありますか?」って聞かれて、下巻ならあります、って答えはいくらなんでも答えじゃねえんじゃねえのか?この馬鹿たれ!等と悪態を付いておりましたが多分三週間ほど前に入手して読むことが出来ました。
多分と書いている時点で余り印象にも残らず、これといって思う所が無かったのでしょう。そんな本が発売日前から増刷がかかるとはこれはもうなんでしょうか?バブルみたいなものでしょうか?とりあえずあの土地値上がりするから買っておけ的な。今調べましたところ更に増刷がかかりまくって上下巻共に100万部をとっくに突破している模様。売れてる!売れてるぜ!

という事で今日はこの「1Q84」(実は発売されてからも暫く、IQ84だと思っていました。頭が悪くもなく、良くもなく、途中の展開で非凡でありそうに見えて結局の所凡人である、というストーリーではないかと勝手に夢想しておりました(馬鹿))について一言言わせて頂きたい。


そんなに面白くねえよ


以上!

というとパルキチルドレンが怒って怒鳴り込んでくるので理由を書きます。俺が次の日が仕事である事も無視して、徹夜して一日で読んだにも関わらず、面白くない、と感じた事に対する文章です。いわば個人の読書感想文です。批評できる程に私は小説を何万冊も読んでおりませんので。そういえば今から10年前、ネットで知り合った本部屋持ちの小説狂の友人とチャットであれがいいだのこれは読めだのそんな話をしていた所、俺が春樹はどうなん?俺好きなんだけど。と言ったら彼の態度は豹変。あんな糞野郎の本はよまねえの一点張り。普段温厚な彼が激怒。なんでよ?と問うと一言「つまんねーし。大体何読んだって一緒だろあいつの本」とバッサリ。当時ねじまき鳥が出た後数年経ってからだと記憶してますが、まぁそういう考え方する人もいるよな。万人受けするモンが無いっつーのと同じでさ。でも俺は好きだけどね!なんて思ったりもしましたが今は彼の気持ちが3ミリ程分かる様な気がしなくもないです。
何が面白くないっつーと、15年前から一緒です。話の落としどころというか、読後感がまるで同じ。その間に僕は歳を取り、狡猾とまではいかないがそこそこに小狡くはなり、なんとか興味の無い人間とも付き合うフリが出来るようになり、同時に髪の毛も抜けていった。歳を食った。が、この人の書く話というものは 15年前の「ねじまき鳥クロニクル 」以降、全て同じ読後感を提供してくれております。「結局またこれかよ」という、それだけの読後感。

いや、好きですよ。パルキ。全部読んでます。共著以外のものは。「アンダーグラウンド」とかも余り興味は持てませんでしたが一応読んでます。今でも偶に「羊をめぐる冒険」なんかは再読します。一番好きなのは「1973年のピンボール」です。10回読んでも飽きません。読んだ後に2週間風呂ぶりに風呂に入った感覚を味わえるから好きです。要するに自分が一皮向けた気がするからです。だから昔の作品、ダンス・ダンス・ダンスまではその"皮の向ける感覚、読後感"というのを味あわさせてくれる作家を、僕は村上春樹以外当時知り得なかったのでひたすらに読んでおりました。

ちなみに最近糞キャストで映画化確定した「ノルウェイの森」に至っては、今現在31歳のわたくしが読み直したら電車にゴーして死んでしまうんじゃないか (安達哲の「キラキラ」を今読み直したら多分死んでしまうんじゃないか、とほぼ同定義です)と思い、10代、20代前半に読んで以来、読んでおりません。

話が逸れてしまいました。戻します。なんでしたっけ?ああ、ねじまき鳥以降、またそのパターンっすか村上さん。という事でしたでしょうか?えーとね、ねじまき鳥以降のタイトルをね、スゲー短く説明するとですね、A君とB女さん、だいたい二人。核になる人物が出てきます。三人の場合もあります。で、だいたい好き合ってます。でもだいたい不幸な事か、結ばれる事はありません。お互いを想いつつ、他の女、野郎とファックする訳です。でも心の底から渇望してやまないのはB女さんであり、A君なのです。で、たいがい二人はすれ違います。後5分速かったなら!あそこでパスタの茹で時間を気にしなければ!みたいな感じで、些細な事でお互いはすれ違い続けます。でも時間は進み、彼らの物語も進みます。そして最終的にどうなるかというと蚊取り線香を2つ、いや2本と云うべきか、若しくは2日分?その二日分の蚊取り線香の一本をA君の物語、もう片方をB女の物語とします。終着点までいってもお互いは隣で燃えている蚊取り線香に気付かず、結局燃え尽きます。という感じでお話も終わります。お互いの運命が交錯している様で、いや、実際に交錯しておりますが、悲しいかな接点は無いのです。そこに運命的な交錯というのは皆無です。で、蚊取り線香は寿命を終え、残りのページ数は2ページになり、大体が「色々あったけど今の僕は結構幸せで、多分恵まれている。もっと悪くなる可能性だってあったのだから」みたいな主人公が解脱というか、ちょっと達観して俺ちょっと大人になったぜ的な感じで終わります。例外はありません。一周して戻ってきて終わり。でもスタート前とゴール後、僕は随分と変わった。みたいな。大体そんな感じです。短く書くと云っておきながら結構長くなっています。すいません。様は出口が無いのです。どこにも。

読んでいる時は確かに寝食を忘れてしまうほど引き込まれてしまうのですが、読後感は大体同じ。ああまたそーでしたか。以上。

もし、このタルイ文章を最後まで読んでくださった方がいたと仮定して、その豪儀な方がIQ84しか読んだことが無い。俺結構好きなんだけど・・・・・と感じられたのであれば村上春樹の初期の本を発売順に読まれる事をお勧め致します。2週間ぶりに風呂に入ったあの感じ、思い出せますよ?
とい事で本日は以上!毎回同じ読後感のモンばっか書いてんじゃねーよゴラ!俺をときめかさせろや!という事で。

-以下、wikiより転載-
風の歌を聴け (1979年『群像』6月号)
1973年のピンボール (1980年『群像』3月号)
羊をめぐる冒険 (1982年『群像』8月号)
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド (1985年6月 新潮社・純文学書き下ろし特別作品)
ノルウェイの森 (1987年9月 講談社より書き下ろし)
ダンス・ダンス・ダンス (1988年10月 講談社より書き下ろし)
国境の南、太陽の西 (1992年10月 講談社より書き下ろし)
ねじまき鳥クロニクル (『新潮』1992年10月号~1993年8月号、1994年4月・1995年8月 新潮社より書き下ろし)
スプートニクの恋人 (1999年4月 講談社より書き下ろし)
海辺のカフカ (2002年9月 新潮社より書き下ろし)
アフターダーク (2004年9月 講談社より書き下ろし)
1Q84 (2009年5月 新潮社より書き下ろし)

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2012/05/07 (Mon) 14:05 | EDIT | REPLY |   

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