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【立川談志】こんな芸、どこが良いのかあたしにゃ分かりません。


談志シンパの友人に誘われ、立川談志なる噺家の高座は何度か見させて頂いているのですが、
いまひとつピンと来ませんでした。(残念ながら過去の栄華はリアルタイムでは知りません)
ビートたけし、爆笑問題などなど…そうそうたる面子がフォロアーであることで
知られる噺家であるはずなのに、なぜだろう?とずっと気になっておりましたが、
今年のお正月休みにNHKの特集番組(元々BSで放送したものを総合テレビ向けに編集したらしい)
を見ていてようやく気が付きました。

この大師匠の噺は“我”が強すぎるあまり“粋”がない。

かつては落語界の革命児だったのかもしれませんが、そういう功績を抜きにして今、
談志の噺を聞いてみると、たいして面白くないス。なんか青二才がスンマセンね。


番組で放送された演目のひとつ「へっつい幽霊」。
(あらすじはこちらで確認してね→http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2005/01/post_2.html)
若い時分からの談志の十八番らしく話の運び自体、安心感はあるには、あるのですが、
オーラスで信じられない事件が起こります。
従来のサゲまで話して観客もこれで終わりと拍手を始めたところへ畳みかけるように新しいサゲを提示。
しかも、伝統的な形のサゲの後に「…てのが本来サゲなんだけど、おもしろくねぇから」と余計な一言を
挟んだ後、談志オリジナルのサゲを披露するという無粋の極み。もちろん、お得意の『寸鉄、人を刺す』的な
発言をした後に見せる、いつものドヤ顔で。

本人がする笑いの説明や、補足ほどみっともなく、興醒めさせるものはないと私は考える。
新しいサゲの提示自体が悪い訳ではないし、事実、複数のサゲが存在する演目はいくつもあるが
あの演り口、あの方法ではオチるものもオチずに談志フォロアー以外はポカンとするしかないという有様。
まして、あの無粋な補足や、あのドヤ顔は醜悪すぎ。

談志フォロアーが賞賛する思い付きでドンドン脱線する語り口、ヒートアップしすぎて、
なかなか演目に入れないマクラも、寄席ではなく、自分の信者のみが集まる一門会or独演会だから成立している無駄話。
私のような門外漢にとっては構成不足の感が否めません。
きちんとまとめてから話せや!と毒づきたくさえなってしまいます。
落語本来の舞台装置として、ルールに沿ったマクラならば小三治の方が、100点差で面白い。

また、演出、アレンジといった点でも、権太楼(談志や小三治と同じく五代目小さんの弟子)は
「三枚起請」を演る際には押入に隠れた唐物屋のセリフをたった一言付け加える程度。
こちらは登場人物の人となりをより色濃く脚色するためのセリフで演出的にも成功しています。

ルールとか作法とか制約のある中、いかにお客さんを楽しませることができるのか噺家さんは工夫する。
その日、その演目の導入に相応しいマクラや、その時代時代に相応しいであろう演出やアレンジを考える。
そうやってブラッシュアップされて来たからこそ古典落語は面白い。
もちろん方法に縛られすぎるのは面白くないとは思う。
ただ、その方法の持つ本来の機能を軽視するとフォーマットは根底から揺らいでしまうのではないだろうかね。

いっそのこと、もう着物も脱いで目深にかぶった丸ツバ帽子(もしくはバンダナ)に、いつものグラデのサングラス。
ミリタリー調の上着に原色の襟巻(談志スタイルね)のコーディネイトで古典落語をフォーマットにした
漫談を演るのが立川流!ってなったら新しいメディアとしてアリだとは思うのですがね。

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